日本人のほうが世界的に見たら変態なのかもしれない問題
前のエントリーから時間が空いてしまいましたが、無事に帰国しています。
本ブログでえんえんと単なる旅レポするのもどうよ、と思ったので、普通の旅ログは別サイトにアップしています。
このページの一番下にリンク貼りますので、興味のあるかたは合わせてご覧くださいまし。
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さて、私にとって久しぶりの10日間という長旅だった。
旅程はこんな感じ↓
今回は特にアジア圏ではなくヨーロッパ圏だったので、つくづく日本人(自分)について考えさせられた。
ふだん日本にいる時も、なるべく凝り固まらず柔軟でいるべく、できる限りさまざまな人のテキストを読み、世界情勢にも興味を持つようにし、形式ばかりでない他者への理解に努めているつもりでも、やはり外に出ないと全く実感できないことが何と多いこと。
地球が青いことは、地球の外からでないと分からないのと同じですわね。
それはもうたくさんの「普段は思い至らないこと」を得て帰ってきたのでありますが、本ブログ読者の皆様にまずお伝えしたいことを端的にまとめてみました。
※日本ディスではありませんので悪しからず
1:日本人、もう少し人生を楽しんでもいいのでは
いや、私ら日本人には日本人なりの楽しみかたがあるし、周りに人生楽しくないと言っている人が多いわけではないのだが。
「日本人(特に東京)、いつも仕事で疲れすぎ問題」に気づかされた。
仕事:サラリーマンはもちろん、主婦なども「やること」「自己責任」に追われていること

こんな感じで人生過ぎていきます
知ってはいたが、日本人はほんっとうに生真面目。
「自分が決めたタスクをこなすこと」に脅迫概念めいたものを持っていて、謎に追い立てられている人がデフォであることにつくづく気づかされた。
今回訪れた地中海周辺は、1年のうち300日がカラリとした晴天で、暑すぎず寒すぎず、地震も台風もない。
そりゃそのような土地であれば、日本人のような悲観デフォルトな人種にはならないのが当たり前だ。
「人生楽しもう」なんて、災害大国ニッポンに住んでから言ってみやがれ!と言いたい気もするが(地中海ジェラシー)、日本人が勝手に背負いこんでいる「やんなきゃ病」からはもっと解放された方が絶対に生きやすいと思う。
地中海近隣諸国でなくても、こんなに「将来を不安に思っている人々がデフォの国」ってそんなに無いのでは?
※インドとか、ガチャガチャだけど割とみんな楽しそうである
2:日本人、自分達が思うほど優しくないかも
今回ヨーロッパ諸国を回ってみて、「あれ、みんな優しい…」ということを感じた(特にパリ。フランス人はもっとあからさまに冷たいと思っていた)。
もちろん旅行者、つまり一見さんへの扱いなので表面的なものではあるだろうし、住めば差別されることも多々あるのだろうけれど、思った以上にみなさんジェントリー。
店員さんはもちろん、飛行機や電車で乗り合わせた一般の人々も、朗らかに皆譲り合い、重い荷物があったら手伝ってくれたりした。
日本のサービスはもちろん素晴らしいと思うし、日本人も外国人客には親切に対応していると思うけれど、特に東京で電車や車に乗っていると、みんなイライラ・我先に、という人ばかり目につくからねー。
妊婦さんをみても寝たふりをする男性とか、、、(あれは本当に恥ずかしい)

こーゆーの、ダサくない?
その辺りは、1で書いた「疲れすぎ問題」にも通じていると思う。
他者を気遣う余裕をもっと。
3:日本人、シャイすぎ。そしてシャイは海外では問題外
大部分の日本人が英語が苦手だから仕方ないのだが(私も)、とにかく「イエース」「プリーズ」「オッケー」、そしてよくわからん時のほ・ほ・え・み。
これはもちろん、英語が苦手だから何を言っていいかわからないからなのであるが、それだけではない。
「英語できなくて」「恥ずかしいから」コミュニケーションをとりたくないのである。
つまり、無意識のうちに恥をかきたくないという防衛本能が働く。
そして、下手な英語で混乱を招き、相手に迷惑をかけたくないという謎の思いやり(?)。
無意識のうちに、私たち日本人は(自分の中の)完成形でないと人に披露したくないと思っている。
そしてそれは、諸外国の人が「日本人はシャイだけどいい人だ」という感想に直結している。
が、外国人がいう「シャイだ」というのには「無口でおぼこい、自己主張もできない、何考えてるかよくわからん人」というニュアンスも含まれていること。
海外では、シャイと言われたら負け、と思ったほうがよいかも。

恥をかきたくない&人に迷惑をかけたくない病でもある
たとえブロークンでも、ガンガン話しまくりたいものだ(実際そういう人も知ってます。間違いを恐れて話さない人よりはるかにコミュニケーションがうまい)。
でも、「知らない人とぶっ壊れた言葉でガンガントークする」こと自体、元来の日本人の「恥を知る」パーソナリティから外れていることなので、「海外に行ったらそれ用の別人格」を形成することが、日本人が本当にグローバル化する第一歩なのかもしれない。
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などなど。
日本が貧乏になっていき、本当の意味でグローバルになる必然性のある時代がもうすぐそこに。
でも世界からみたら、動物として日本人がもうちょっとフツーになればいいだけかもしれません。
だって、もっと人生を楽観的に楽しんで、子どもや弱者を大事にする余裕を持って、もっと自分の思いを率直に伝えるようにすればいいだけ、なのだから。
そんなことを思った。
(おしまい)
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