愛想笑いをしない人(世界のテツヤ・クマカワ)

先日、久しぶりに「愛想笑いをしない人」に会った。

 

その人は、とある分野の権威の男性。

 

ご年齢は60代で、大学教授のような静かな威圧感とインテリすぎるムードが漂ってその場の空気がピンと張りつめるような人でした。

(何もしていないのにいたたまれない気持ちにさせられ、小市民な自分が悲しかった)

怖かった。

 

ああいう人を巷では「偉そう」と言うのかもしれないけれど、よくいる偉そうなオッサンとは全く違う。(多くの偉そうなオッサンは、年齢だけを重ねて硬化している勘違いだから怖くはない)

 

静かにしているのに、本当に立派。

 

雰囲気に飲まれる。怖い。畏怖。

 

言葉の1つ1つに重みがある。

 

 

でも、あれ?この素晴らしい王様感、誰かにも感じた・・・?

 

 

あ、

 

熊川哲也だ。

 

 

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バレエのなんの予備知識もなく、なおかつ昨今の「さん付け運動」などに慣れ、人類みな平等という扱いに慣れている現代人であれば、クマテツの話し方を見たときに「なんだこの偉そうな人は」と思うことでしょう。

 

(それくらい現代人は優しくていねいに平等なテイで扱われるのが当たり前になっている)

 

 

クマテツさんも、インタビューなどでは愛想笑いをしないですよね。(自然には笑うけど)

 

常に堂々として、はっきりと自分の立場を示すように話す。

 

 

クマテツさんは幼い頃からナンバーワンを宿命づけられ、唯一無二の存在が世界で寵愛され求められてきた人だから、一般人が場をなめすために身につけるような処世術は必要ではなかったのでしょう。

 

愛想笑いが生きていく上で必要ない人というのは、世の人々に「完璧」を提供できる人なのかも。

 

 

 

逆に、一般人にとっては、普段の生活や仕事に「完璧」を追い求めることはナンセンスなのですよ。

 

完璧でない代わりに、スピードだったり人格の良さだったりをプラスして仕事は成り立っていくから。

(むしろ一般社会ではその方が重宝される)

 

 

そんな一般人(わたし)が選ばれし超人と対峙すると・・・

 

・・・あたしの人生、全部ま・や・か・し〜。

 

 

と思わされ、久々に自分がちっさく感じられた経験でした。

( ´_ゝ`)

 

 

でもこれは「一般人には到達できない領域がある」という極めて当たり前のこと。

 

 

一般人は、クマテツしかり「“完璧”を一般人に提供する能力のある人」から、時々その「神の領域」に連れて行ってもらうしかないのです。

 

愛想笑いをしなくても生きて行かれる人は、本物。

 

(おしまい)

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