「奇想の系譜展」会田誠さんが「奇想とは」を語ってます

 

いま、若冲を中心とした江戸の絵画展「奇想の系譜展」が開催中です。

(2019年2月9日〜4月7日東京都美術館)

 

私も先日見てきましたが、見応えがありましたよ。

 

題名の通り、狩野派や琳派などの昔から揺るがない本流の神様たちの作風からはちょっと外れていたが故に、評価としてはやや後追いになった人々・作品をフィーチャーしたもの。

 

とは言っても現代では大人気の若冲から始まり、数々の有名絵もたくさん来ているので大した知識のない私のような者でも十分に楽しめます。

 

むしろ本流から外れているゆえ、色々な点が「わざとらしく」(褒めてます)、素人が見てもわかりやすく面白い部分もあるかもしれません。

 

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ところで本題。

 

ブルータス誌上で、作品および作家が「奇想化」するメカニズムについて、今話題wの会田誠さんが語っているのが面白かったので、ものすごく簡単に図解しておきます。

(少し私のニュアンスで意訳しているので悪しからず)

 

 

「奇想化」とは、「ヤリスギ」。

 

「奇想」とは?

 

本流の古典的名作は完璧で手の加えようがないのに比べ、「奇想化」とは基本的にトゥーマッチなのである、ということ。

 

例えばこういうことです。

従来のものに比べて凝る、盛る、大げさ、くどい、歪む、不気味、笑えるetc.

 

 

 

「奇想化」が起こるのには条件がある。

 

 

「奇想化」は、条件が揃った時に始まりやすいのだそうです。

 

1、その時代のお手本となるような完璧なものを作り上げた立派な先輩一派が活躍し、彼らが全てやり尽くしていった後の時代であること。

 

2、残された後輩たちは、完璧なものを残した先輩たちをリスペクトしていて、抜本的なちゃぶ台返しは望んでいないこと。

 

3、わりと社会情勢が安定している(つまり暇?)

 

もう先輩たちが神すぎてまともに戦ったんでは太刀打ちできない状況

 

 

 

「奇想化作品」その後の流れ がっかり→再評価

 

そんな「奇想化作品」が世に出された時の流れも、いつの時代もだいたい同じだそうです。

 

1、既存のファンからがっかりされる

 

2、でもマニアックなファンががっちりつく

 

3、とはいえ全体的に「低調な時代」と評価される

 

4、そしてある日誰かによって「再発見」される

 

 

完っ全に音楽のレアグルーヴと同じ流れwww

 

 

奇想化の終わり そしてループ

 

奇想の時代の終わりにはいくつかバリエーションが。

 

パターン1:社会情勢が変わって強制終了(黒船襲来など)。

 

パターン2:天才的な変革者が現れて1つの時代が終わる

 

で、パターン2の場合、だいたいコイツが「立派すぎる先輩」になっていき、そんな彼らがいなくなるとしばらくしてまた「奇想化」が始まる、、、、

王道と異端の永遠ループ

 

時代は永遠ループですわね笑。

 

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日本画、美術に限らずどの分野でも、結構このメカニズムは当てはまる気がします。

 

その分野では誰も超えることのできない「王道」となるものが生まれ、新たな天才がそれを書き換えていく、、、

 

でもその間には数々の「奇想」が生まれ、あまり評価されずに埋もれていたりする。

それで再発見されて「奇跡のリイシュー!」とか言われてちょぼちょぼ売れたりする。(←音楽の場合)

 

 

 

私は「奇想」、レアグルーヴのようなもの、好きですね。

 

あと、会田誠さんには今後も頑張って欲しいです。

 

(おしまい)

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